コラム

供述心理学とは(第2回)

コラム

 前回、脳に保存された情報(記憶)は、時間が経つにつれて変化していくという話題に触れましたが、今回は、その「記憶が再構築される」という現象について少し掘り下げてみたいと思います。

 

【記憶はいつも正確じゃない?──再構築される私たちの思い出】

 私たちは、過去の出来事を思い出すとき、それが「正確」で「そのまま」保存されていると信じがちです。でも、実は記憶はそう簡単なものではありません。私たちの脳は、映画のように過去を再生するのではなく、毎回少しずつ編集し直しているんです。この現象を「記憶の再構築」といいます。

 

【記憶はどうやって「作り直される」?】

 たとえば、友達と話した出来事を思い出してみてください。その時の会話や状況を、すべて完璧に覚えていることってほとんどないですよね? 実際には、会話の一部やそのときの感情をもとに、細かい部分を補いながら記憶を作り直しているんです。

 

 私たちの脳は、体験したことをすべて記録するわけではなく、重要だと思う部分だけを保存します。そして、思い出すときには、その記憶の「パズルのピース」を組み合わせて、全体のストーリーを作り出します。だから、同じ出来事でも、時間が経つとちょっとずつ変わっていくことがよくあります。

 

【記憶の落とし穴:外からの影響】

 この再構築のプロセスは、実はとても簡単に外部の影響を受けます。たとえば、心理学者のエリザベス・ロフタスが行った有名な実験があります。事故の目撃者に「車がぶつかったとき、どのくらいの速さだったか?」と聞くと、みんなが思い出すスピードは大体同じくらいです。しかし、「車が激突したとき、どのくらいの速さだったか?」と質問の表現を少し変えるだけで、激突という言葉の影響を受け、事故がもっと激しく見えたと記憶する人が増えるんです。たった一言の違いで、記憶が変わってしまうんですね。

 

 このように、私たちの記憶は後からの情報や周りの意見に影響されやすいです。これが「誤情報効果」です。ニュースやSNSなどでも、誤った情報に触れることで、その出来事を実際よりも大きく、あるいは小さく記憶してしまうことがあります。

 

【目撃証言はどれくらい信じられる?】

 私たちが見聞きしたことを証言する「目撃証言」は、法廷でも重要な証拠とされます。しかし、再構築されやすい記憶が原因で、誤った証言がされることも少なくありません。特に、事件や事故の目撃者が、他人の話や警察の質問の仕方に影響を受けて、本当の出来事とは違うことを「思い出す」ことがあるのです。実際に、過去に冤罪事件が起きた背景には、こうした誤った記憶が大きな原因になっていたケースもあります。

 

【自分の過去も作り直されている?】

 この記憶の再構築は、日常生活にも影響を与えます。たとえば、子どもの頃の思い出を考えるとき、家族や友達の話や写真を見て「そういえばこんなことがあったな」と思い出すことがあるでしょう。でも、それが実際に自分が体験した記憶か、それとも他の人の話から作り出された記憶か、区別がつかなくなることもあります。つまり、私たちの「過去の自分像」も、今の状況や周りの情報によって変わっているかもしれません。

 

 また、過去の失敗やつらい経験を、今の視点でポジティブに再解釈することもあります。たとえば、昔は大変だった仕事が、今振り返ってみると「自分を成長させてくれた経験だった」と感じられるようになることがあります。これも、記憶が再構築され、今の自分に合ったストーリーに書き換えられているんです。

 

【なぜ記憶は変わるのか?】

 実は、記憶がこんなふうに変わることにはメリットもあります。脳は、ただ過去をそのまま再生するよりも、現在の状況に合わせて記憶をアップデートすることで、より柔軟に環境に適応できるようになっています。たとえば、過去の経験を少しずつ違う角度から捉えることで、新しいチャレンジに向けて前向きになれたり、より適切な判断ができるようになるのです。

 

【結論:記憶は「ストーリー」として楽しむ】

 記憶は、思い出すたびに変わる柔軟なものです。それを「間違い」と捉えるのではなく、「私たちが今の自分に合ったストーリーを作っている」と考えると、ポジティブな視点で捉えられるようになりませんか?ですから、過去の記憶が少し違っていても、それは「今の自分」にとって大事な意味を持っている、といえるのではないでしょうか。